尾野 玲子さん

歌手 尾野 玲子さん

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「喜び」の歌を届け続けて

幼少期からの音楽への道

玲子さんは、福井県で教師の両親のもとに生まれ育ちました。彼女の音楽のルーツは、幼少期の祖父との思い出にあります。3歳の時、病床に伏せていた祖父のベッドルームで歌を歌い、その度に祖父が喜んでくれたことが彼女の記憶に深く刻まれています。この体験が、玲子さん
にとって「人に喜んでもらえること」を大切に思うきっかけとなりました。

歌への情熱が開花

玲子さんが音楽の道に進む転機となったのは、小学6年生の時の福井県の独唱コンクールでした。ウェルナーの「野ばら」を歌って優秀賞を受賞し、そのことを父が誇らしげに周りに自慢していたことが、彼女の心に強く響きました。「歌を通じて人を喜ばせたい」という思いが、彼女の心に芽生えた瞬間でした。

東京での挑戦

大学は地元の仁愛女子短期大学の音楽学部に進学した玲子さんは、卒業後、オペラ歌手を目指し東京に行く決心をしました。お風呂はないがピアノがあるという小さな部屋での生活が始まり、二期会オペラ研修生となり本格的に声楽の勉強に取り組むことになります。

玲子さんはクラシック声楽家の団体「二期会」に所属し、オペラやコンサートでその美声と音楽性が高く評価され、多くの聴衆に感動を与えました。

ショーレストランでの成功

その後、二期会の先輩の紹介で溜池にあるドイツ人経営のレストラン「ベルマンズポルカ」に出演することになりました。玲子さんの歌声は瞬く間に評判となり、レギュラー歌手として活躍。クラシックだけでなくカンツォーネやシャンソンなど幅広いジャンルの曲にも挑戦しました。500席のホールのコンサートのチケットはすぐに完売するほどの人気を誇りました。

彼女の声の響きに魅了されるファンも大勢いて、まさに歌姫として大活躍。その後40歳の時にそのレストランが閉店。以後は音楽一筋で、自らリサイタルの構成・演出を手掛ける他、小さな会場でのライブにも力を入れ、身近で聴く音楽の楽しさを味わってもらう活動を広く続けています。

地域社会とのつながり

玲子さんは1990年から毎年、都内のホールで演奏会を開催し、1996年には金沢オーケストラアンサンブルに招かれて北陸各地でも演奏しました。特に障害を持つ子供たちを招待したコンサートは、大きな反響を呼びました。1998年の帝国ホテルでのディナーショーを皮切りに、全国各地でコンサートを行い、レストランやギャラリーなどの小さな空間でのライブ活動も意欲的に開催しています。その明るく伸びやかな歌声は、ますます円熟味を増し、多くの人々を魅了しています。

江東区での新たな挑戦

2018年に江東区に移り住んだ玲子さんは、地域の活気に驚きました。区内の文化センターでの講座やサークル活動が盛んであることに感銘を受け、2021年には江東区の区民講座で「呼吸法」と歌のレッスンを組み合わせた講座を受け持つことになりました。

受講者からの強い要望もあり講座終了後はグループレッスンを開き、呼吸の仕方を知ることで健康な体と心を維持することができることを丁寧に教えています。さらに予約なしで気楽に参加できる「みんなで楽しむコンサート」を江東区文化センターにて定期的に開催しています。

これからも歌い続ける

玲子さんは、「小さい頃に感じた『人を喜ばせること』『歌うこと』を、これからも続けていきたい」と語ります。自分らしく、明るく元気よく歌い続け、多くの人々に喜びを届けたいという彼女の願いは、その歌声と同じように温かく人々の心に響いています。

CDジャケットに使用した3歳ごろのお写真
ディナーショーに菅原洋一さんをゲストでお招きして(2016年)
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