東雲の地で夫の味を守り続ける佃煮の老舗
佃宝 代表取締役 水谷秀子さん
いつも元気で、楽しく、えがおで!
水谷秀子さん
昭和12年9月13日生まれ、83歳。
東京都北区田端新町で、「万屋さん」を営んでいた両親のもとに誕生。10歳上の兄、7歳上の姉、秀子さんの3人兄姉。
「どんなお子さんでしたか」と伺うとすぐに「小さい頃から人が大好きだった」との答え。ご近所さんからお客様まで、「誰にでも自分から声をかけ、話をするのが楽しかった」とえがおで振り返る。
中学卒業後は、家業を手伝うようになる。忙しい中でも、えがおで楽しそうにお客様と接する秀子さんを見ていた母は、「この子は商売人のところに嫁がせなくては…」といつも話していたという。
24歳で結婚
母の願い通り、秀子さん22歳の時に、昭和32年創業、佃煮の製造・卸しをしていた佃宝の創業者、水谷豊夫さんと見合いをし、24歳で結婚。豊夫さんは根っからの職人気質。仕事には大変厳しかったそうで「私が一番叱られた」と笑う秀子さんだが、病弱だった豊夫さんを支え、朝7時から夜11時ころまで、休みなく働いていたという。
仕事は順調に進み、製造・卸だけでなく、巣鴨のとげぬき地蔵通りと歌舞伎座に店舗を構える。秀子さんは、毎日十キロ近くになる商品を背負って、巣鴨のお店まで、運んでいたそう。それだけでも十分大変そうだが、縁あって知り合った人から勧められ、露天商も10年経験したという。
「夫は、使用する醤油一つにもこだわって、無添加で、身体に優しくて美味しいものを作っていました。それを皆に食べてもらいたい!」その一心で続けられたという秀子さん。苦楽を共にした豊夫さんを、平成十九年に見送る。
佃宝をこのまま続けるかどうか悩み、従業員に「どうしたい?」と尋ねたという秀子さん。「やろう!」との答えに「嬉しかった」秀子さんは、継続を決意し、その日から大好きなお酒を断って会社を守ってきた。
「いろいろあってもいつも元気で、楽しくね」
今でも、朝は6時30分に起きて、一番に出勤し、従業員を「おはよう」と迎えるという秀子さん。従業員のお昼ご飯を手作りしているという。そんな秀子さんの楽しみは「カラオケ」と、拾って育てている5匹の猫と、夜のんびりテレビを見ながら過ごす時間。
「生きていればいろいろなことがあるけど、えがおが一番。えがおでいるとみんなが幸せになれるでしょ」と話す秀子さん。
秀子さんが蒔くえがおの種は、たくさんの花を咲かせています。