老いない高齢者のための体操教室「きらく会」
「子どもバレエ」教室を主宰している 星 洋子さん
不思議に導かれた日々、場所、人との出会い。すべてが私の財産地域のため、子ども達のため、高齢者のために、えがおで活動中
星 洋子さん
昭和8年3月26日、文京区小石川で生まれる。父は大学教授。
疎開先の幕張で「NHKおかあさんといっしょ」で踊りを担当していた山本寿美子先生にバレエを習う。他、ピアノ、琴も始めたそう。中学3年まで幕張で過ごし、高校1年で東京に戻る。
26歳で結婚
20代でバレエの名取となり、おけいこ場を助手として任されるようになったというが、「5歳下の妹より先にかたづけ」という父の命令でお見合いをし、26歳で結婚。夫は、会社務めをしていたが、高度経済成長期の頃。午前様が当たり前の生活だったという。
翌年、長男を出産。長男5歳の頃に、夫の転勤に伴い、関西へ。お隣のお嬢さんが猫背を直したがっているというのを聞き、近くの幼稚園でバレエ教室を始める。すぐさま評判となり、老人ホームから招かれたり、家元の妹先生のお手伝い等、夫を車で送った後、長男が学校から帰るまで大忙しの日々を過ごす。
50歳で剃髪し、出家
夫は40歳で会社務めを辞めて起業。少しでも手助けしたいと考えた洋子さん。バレエ教室を増やし、過労で入院したこともあったという。
洋子さん、45歳の時に家族3人で記念写真を撮り、離婚。その後も忙しい日々を過ごしていた洋子さんだが、駅のホームで目に留まった「死んでもともと」という本を読み、鎌倉報国寺へ日曜早朝座禅に通うようになり、出家の会にも参加。洋子さん50歳で、剃髪し、滋賀県近江八幡の寺で出家。尼として暮らす。
さらに、中国残留孤児の世話をしている可児和子さんと出会い、「人の役に立ちたい」と、可児さんの勧めで愛知県豊中市の身体障がい者施設に住み込む。
一生このままでもと考えていたというが、98歳になった母が淋しがり、帰京を決意した。最愛の母は、洋子さんが考えた体操を行い、101歳まで元気に歩いて過ごしていたそう。
このまま同じように続けられたらそれで充分
「あのまま愛知に居たらよかったのに…」という人もいるというが「不思議に導かれた日々、場所、人との出会い。それぞれの学びは無駄ではなく、私を育ててくれた。計画してできるものではなく、私の財産です」と話す洋子さん。
今は、高齢者総合福祉センターのボランティア活動室で高齢者のための体操教室「きらく会」と「子どもバレエ」を週1回行っている他、百人一首の読み手や手話ダンスも行っている。
毎日予定のない日は作らないようにと、活動を続ける洋子さんの憩いの時間は、大好きなアルフィのラジオを聴くこと。
「目標や、やりたいことはありますか?」と伺うと、「このまま同じように続けられたらそれで充分。摂生して毎日を過ごしていきたい」と、気負わない答えが返ってきました。