遠山三四藏さん(88歳)

えがお歌壇への投句は皆勤賞。

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食事を忘れて没頭 川柳・俳句・短歌なんでもトライ!

遠山三四藏さん

昭和7年5月24日生まれ、88歳。
新潟県村上市の農家に生まれる。上に姉と兄2人。下に妹4人の8人兄弟の真ん中。家では、牛にやぎ、鶏、ひよこを飼い、蚕を育てていたという。

海や川で遊び、忙しい時期は家業を手伝う。自然の中で少年時代を過ごした。

21歳で東京へ

新制中学の1期生として卒業。義理の兄が営んでいた洋服屋へ弟子入りをしたが、昭和28年、老舗テーラー・銀座山形屋に見習いとして採用され、東京へ移住した。見習いとはいえ、経験を積んでいた三四藏さんは、その腕をかわれ、ズボン、ベスト等々、「どんどん縫わされて忙しかった」と振り返る。

職人として4~5年勤めたのち、営業として、官庁や大企業を担当。人当たりのいい三四藏さんは、行く先々でかわいがってもらい「あの頃は、寝る間も惜しんで仕事をしていた」と笑う。

古いアルバムから。山形屋に勤めていた頃の三四藏さん。左上の写真は奥様の功さんと友人。

民謡・追分節と出会う

その一方で、小さい頃に「ごぜさん」が三味線を弾きながら歌う民謡を聞いて育ったという三四藏さん。歌いたい一心で教えてくれる教室を捜し、民謡・追分節を習い始めたという。特に追分節は、北海道で行われる全国大会に2回出場した。

29歳で結婚

その間に、母親同士、仲がよかったというご縁で功さんと結婚。男の子2人を授かった。赤羽、浦和、竹ノ塚と移転。平成15年に現在の住まいがある大島へ移住した。

俳句の講座を受講

江東区に移住した次の年に、芭蕉記念館で募集していた「初心者のための俳句講座」を受講。講師の方をはじめ、他の受講生の個性的な句に刺激を受け、熱中。芭蕉記念館の全国大会に出展したり、区の文化祭に出展する等、めきめきと上達。今は、俳句だけでなく、川柳や短歌等も図書館から借りた本や、新聞などに出ている句をノートに書き写し、勉強を続けている。

えがお歌壇への投句が楽しみに

書き写している俳句ノートは現在11冊になる。

現在、週1回はデイサービスに通っているという三四藏さん。「それ以外の日はどう過ごされていますか」と伺うと、「天気のいい日は、散歩に出たりしますが、他の時間は俳句を考えたり、書き写したり。今は、えがお新聞への投句が楽しみで毎日奮闘しています。」とのこと。
 「ご飯の時間も忘れて没頭してるんですよ。掲載誌が届くと嬉しそうに見ています。」と功さんが教えてくれました。

2016年に行われた年忘れ会で。
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