吉川 克己さん(76歳)
昭和25年(1950年)生まれ
俳句を通じて地域とつながる吉川克己さん
「人って、何か役割をもらうと楽しくなるんですよ」
そう話すのは、江東区で俳句を通じた地域活動をしている吉川克己さん(76歳)です。
現在、辰巳や豊洲で開かれている社会福祉協議会の地域のカフェなどで、参加者と一緒に俳句を楽しんでいます。

最初から俳句教室として始めたわけではありません。みんなが集まる居場所の中で、俳句を紹介するところから始まりました。

辰巳では何度か続けるうちに、俳句に興味を持った人が現れてと集まるようになり、今では「俳句コーナー」のような形になっています。
俳句は、もっと気軽でいい
豊洲では、「簡単に説明します。あと5分あれば作れますよ」と声をかけると、多くの参加者が実際に一句を作ってくれたそうです。
吉川さんが大切にしているのは、俳句を難しく考えないこと。
「上手につくらなくてもいいんです。自分が感じたことが出ていれば、それでいい」
参加している人が下を向いていた顔を上げ、笑顔になる。その瞬間が何よりうれしいと言います。
仕事も結局、人とのつながり
吉川さんは1950年、北海道の現在の北斗市に生まれました。実家は漁業を営み、長男として家業を継ぐことを期待されていましたが、自分には合わないと高校卒業後に家を出ます。
恩師の紹介で北海道漁業協同組合連合会に就職。働きながら慶應義塾大学の通信教育課程で学び、法学部を卒業しました。仕事では水産物の仕入れや販売、海外取引などを担当。北海道で生産が増えていたホタテをアメリカなど海外へ販売する仕事にも携わりました。
「仕事は面白かったですね。でも結局、仕事も人とのつながりなんです」
50歳で一度退職。その後も知人との縁から別の会社で働き、68歳頃まで仕事を続けました。
「無職は最大の不幸」という言葉から
転機となったのは、仕事を離れた後、さらにコロナ禍で人と会えなくなったことでした。
「人との関係が全部切れてしまったような感じになったんです」
そんな時に読んだ本の中で「無職は最大の不幸」という言葉に出会いました。
吉川さんは、「職とは、お金を稼ぐ仕事だけではないのではないか」と考えるようになります。社会の中で何か役割を持つこと自体が、人にとって大切なのではないか。そこで社会保険労務士やキャリアコンサルタントの勉強を始めました。資格を仕事にすること以上に、若い人たちと一緒に学び、再び社会との接点を持てたことが大きかったと言います。
誘われることで、新しい世界へ
その後、町会や地域活動、ボランティアにも関わるようになりました。面白いのは、その多くが人からの誘いで始まっていることです。
俳句も、木場公園で花壇の活動をしている人との何気ない会話がきっかけでした。その後、地域の知人から「俳句をやってみたら」と声をかけられ、現在の活動につながりました。
「信頼している人から紹介されると、やってみようかなと思えるんですよね」
誰かのために「時間」を使う
吉川さんは、「時間もお金と同じように、やりくりするもの」と話します。
自分が楽しむ時間、学ぶ時間、そして人のために使う時間。自分の中に入れるだけでなく、誰かのために時間を使うことで、また新しいつながりが生まれる。
今の夢は、「ちょっとゴージャスな俳句サロン」をつくることです。
「天井が高くて、素敵な場所でみんなで俳句を楽しめたらいいですよね」
76歳になった今も、人に誘われ、出会い、また新しい役割を見つけていく吉川さん。
「役割があると、人は楽しくなる」その言葉通り、吉川さん自身が、人とのつながりを楽しみながら歩み続けています。




