里親として38年間。愛と忍耐、無償の献身

民生児童委員・人権擁護委員 秋山 惠美子さん(71歳)、NPOこうとう親子センター共同代表、ホームスタート・こうとう 代表秋山 三郎さん(72歳)

秋山三郎さん(72歳)と惠美子さん(71歳)は、東京・江東区で38年間かけて長期養育5人と一時保護5人の里子を育て地域社会にも尽力してきました。その人生は、愛と忍耐、そして無償の献身に満ちた物語です。

昭和27年、三郎さんは江東区で生まれ、木材運送業を営む父と面倒見のいい母のもと、幼少期は住み込みの社員たちと一緒に過ごし、賑やかな家庭環境で育ちました。

惠美子さんは昭和28年、静岡県磐田市で歯科医を開業する両親のもとに生まれ、大学入学を機に上京。

二人はサークル活動を通じて出会い、実家に戻った惠美子さんとの遠距離恋愛を経て結婚しました。

里親へ新たな一歩を踏み出す

二人は子どもを望みましたが、不妊治療を続けてもなかなか恵まれませんでした。そんな中、三郎さんの両親から「子どもがいないと苦しみも少ないが、楽しみも少ない。里親をやってみたらどうか」と提案され、里親制度の存在を初めて知ったのです。

前向きな気持ちにもなりましたが、惠美子さんは当初、人の子どもを育てることに不安も感じていました。そして夫婦でじっくり話し合って、新たな一歩を踏み出すことを決めました。

里親としての苦労と喜び

昭和62年9月、3歳の女の子が秋山家にやって来ました。 彼女はお風呂の時間になると、桶を一生懸命に洗っており、その姿をみた惠美子さんは心が締め付けられました。今までお世話になっていた施設の職員に様子を報告すると、「それは、新しい家族に気に入られようと必死なんですよ」と教えられ涙がこぼれました。
1ヶ月程経つ頃から女の子は赤ちゃん返りをはじめます。「ぱぶ~ぱぶ~」としか言わなくなって、言葉が伝わらずに「わ~!!」と暴れることもあり、赤ちゃんのように夜中に起きて泣きわめき、椅子を倒すなど、恵美子さんは「もう限界かもしれない」と心が折れそうな日々を過ごしました。

そんな時、三郎さんは「おまえは本当に頑張っている。もっと肩の力を抜いていいんだよ。人は十月十日の間、お腹で赤ちゃんを育み、産む試練を乗り越えるもの。これから十月十日間 一緒に頑張ろう」と優しく声をかけました。

その言葉に惠美子さんは支えられ、夫婦は試練を乗り越え子どもとの絆を深めていったのです。

女の子の洋服はいつも手作りで。

子どものあるがままを受け入れる

6年後、女の子が小学校3年生になると、親子関係にギグシャクした時期が訪れました。

夫婦と子どもはカウンセリングを受けるなかで、自分たちが「お嬢様のように育てたい」という理想を押しつけていたことに気がつきます。子どもは「私はお嬢様ではないし、操り人形じゃない」と心の中で叫んでいたのです。

この気づきによって「子どものあるがままを受け入よう」という気持ちが芽生え、夫婦の大きな転機となりました。

子どもとのエピソードはたくさんあります。三郎さんの髭にまつわる話です。「絵本の父親には髭があるのに、なぜ私のお父さんには髭がないの」の一言で三郎さんは髭を生やすことにしたそうです。

また子どもはお父さんが大好きで、「私はお父さんと結婚する。お母さんは別の人と結婚して」と三郎さんを取り合いになったとのことです。

子育ての喜びと困難とともに

38年の間に、その後も5人の里子たちとの生活には喜びと困難がありました。

2人目の子どもは虐待を受け自己肯定感が低く、虚言癖がありましたが、夫婦の愛情を受けて次第に心を開いていきました。

3人目の子どもは家庭環境に問題があり、委託されました。高校時代には里子だからこそ頑張りたいと努力してアルバイトで貯金をつくり、大学進学を果たしました。現在では都立高校の教師として教壇に立ち、家庭を持って充実した日々を過ごしています。

4人目の中3でやって来た女の子は高校2年生の時に中退して、実父のもとに家庭復帰しましたが、その後も引き続き彼女の選択を尊重し変わらぬ愛情を注ぎ続けました。

5人目は発達に課題のある男の子で障害手帳を持っていました。感情の起伏が激しい特性がありましたが頑張って、いくつかの就職を経て、現在は一人暮らしをしながら再就職にむけて努力しています。

現在も中学生を養育中です。

三郎さんはPTA会長をつとめ、現在も東川小学校評議員として地域の子ども達を見守っています。またNPO法人こうとう親子センターの代表理事として活動し子育て支援に尽力しています。

惠美子さんも民生児童委員・人権擁護委員として地域に貢献し東川小学校ウィークエンドスクールのお茶教室の講師として子どもたちに日本文化を伝えています。

秋山夫妻はこれからも里親を目指す人や、里親、里親里子OBの支援をしながら、里親制度をもっと世間に知ってもらいたいと語っています。

夫婦の活動の原動力はなんですかと聞いてみると、「夫婦がいつも同志として同じ方向を向いて、信頼し合っていることが大きいですね。そして何より、巣立った子どもたちがよく家に寄ってくれるのは嬉しいですね。頑張っている子どもたちを見ると、いつまでも応援してきたいです。」と笑顔で言葉が返ってきました。

35年間にわたる深い愛情と努力の物語は多くの人々の心を打ち、未来への希望を灯し続けています。

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